苦悩の先に

その11

 あるテレビ番組で慶應義塾大学理工学部教授の小池康博氏が紹介されていた。研究のテーマは「フォトニクスポリマーとその光機能の基礎と応用」でプラスチック製の光ファイバ等の研究開発である。最先端の科学者だが、威張ったり、気難しかったりするところがなく、気さくで、突き抜けるような明るさがあった。その人柄に普通の科学者にはない「何か違うもの」を感じ、強く惹かれた。
 教授の研究は順風満帆ではなく十数年もの間、日の目をみない苦悩の日々が続く。サラリーマンの十数年と違い、研究という孤独な作業を続けるためには、さまざまな心の葛藤を乗り越えなければならない。
 それを支えた志とは、「技術を広く安く世の中に行き渡らせる」である。凡人であれば苦労して見いだした技術は、いかに高く売るかを第一に考える。しかし、教授は違った。特定のメーカだけとの契約はしない。個人の利益を追求するのではなく、「世の中全体を良くしよう」という大儀がある。
 教授いわく、「逆境は必ずしも不幸ではない」と。
志を大きく持ち、苦悩を嫌悪することなく、少しひいた視点で楽しめる器量を持とう。

「私たちは苦悩をとことんまで体験することによってのみ苦悩を癒される。」M・プルースト